A-10's Page
デービス・モンサンAFBの起源は、1919年に地元の商工会が市営飛行場を開設したことに始まるらしいが、チャールズ・リンドバーグが、”Spirit of St.Louis"号をこの飛行場に着陸させた事をきっかけに軍関係者の注目が集まり、1940年にはツーソン陸軍飛行場になっている。主に爆撃機部隊の訓練に使われ、B-18,B-24、B-29と重爆撃機の要員養成に使われたようだ。355th TFWがA-7Dを受領してこの基地で訓練を開始し、A-10Cに至るまで対地攻撃を主任務とした攻撃機が中心なのは歴史の流れかもしれない。

 A-10Aは、この基地に配備完了後フロリダ州のマートルビーチ、そしてワルシャワ条約機構軍と対峙していたNATO軍のベントウォーターズ空軍基地に4個飛行隊が配備された。
78-0677
75-0288
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75-0309
この初期のグレーのマーキングは、”Assymetical Scheme"と呼ばれるもので、航空専門誌によれば、75-0265から75-0279までの機体に施されたとある。ライトグレーの地にダークグレーを機首側の両サイドとエンジンポッドの上面、翼の片面全体に塗ると言うもので,75-0280以降は、機首下面にフォルス・キャノピーが描かれたそうである。写真のA-10A/75-0309もキャノピーが書かれているのが分る。
77-0225
75-0285
77-0222 & 76-0512
↑ "Charcoal lizard Scheme"と呼ばれた当時の量産機標準塗装。77-0265機から施されたと言われ、濃淡のグリーン2色にチャコールグレーが加わり 3色迷彩となっている。
76-0524
76-0524
78-0679
76-0529 & 76-0531
76-0531
Wings
75-0287
風が変わり、滑走路の反対側へ移動したが、着陸ポイントはバンクするA-10しか撮れない理想とはかけ離れたポイントだった。